近頃、いろいろ厳しまってますが、何とかなります。だいじょうぶ、理屈じゃないんです!byスレッジ・ハマー


by inazuma-jiro
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2-10

本来なら一番下の叔母の四十九日までまって再開するつもりだったが、2番目の叔母の叔母の四十九日まで待っていられないので、2番目の叔母には悪いが再開することにする。
 年末から正月位まで考えが行き詰っていた。どうしても先に進めないので本を読むことにした。キリスト教の本と仏教の本を買った。後、哲学の本も買ったが、こちらはまだ読みきれていない。キリスト教、仏教の本でそれぞれ1つ参考になることがあった。
キリスト教では、本当の善意は自己犠牲無しでは行われないこと。死の恐怖は今もっているもの、お金、地位その他もろもろの個人の幸福を達成したものを失ってしまうこと。死ねばなくなってしまう。真の幸福は死してなお残っているもの。それは善行。自分の幸福を犯すことなく行われる善行は偽善である。本当に良い行いをしたければ、お金も何も皆に与えなくてはならない。真の善行を行えば、失うものもなく、自らの行いに満足し、死に対する恐怖を超越できるとのこと。自分にあてがってみると、親切にして感謝されたいと思っているのでまだ、偽善者だ。対価を求めてはいけないのだ。
 仏教の本においては、苦行も、快楽に生きることもどちらも絶対なる真理を知ることをできない。唯一の方法は中道を貫くこと。私の勝手な解釈だが、中道=普通でいること。こう考えるとしゃにむに仕事ができなくなってしまった自分が許せるようになった。
 又、この2つに気づいてからもうひとつ気づいた。病院の先生が『人が何かしてくれると期待しないこと』といった意味である。親切にしてもらうとかではなく、気に入らない人が気に入るように行動してくれることへの期待である。

まあこんな感じかな。ほんの少しだけど進化してます。

近くによって行ったら尻尾を振って歓迎してくれたワンコ
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by inazuma-jiro | 2008-02-10 19:02 | ざつな日記